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パナマ・太平洋万国博覧会(Panama-Pacific International Exposition, 1915)とその意義について

山里 勝己 名桜大学長  •  山城 新 琉球大学教授

 

 パナマ・太平洋万国博覧会(Panama-Pacific International Exposition)は、1915年2月20日から12月4日までアメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコで開催された。19世紀には欧米の主要都市を中心に既に多くの国際博覧会開催されていた。アメリカでは、サンフランシスコ以前に、ニューヨーク(1853年)フィラデルフィア(1876年)、シカゴ(1893年)などの主要都市ですでに博覧会が開催されていた。東部への入植、西部へのユーロアメリカンの進出、大陸横断鉄道の建設、カリフォルニアのゴールドラッシュを経た「フロンティアの消滅」後のアメリカで、「太平洋」という新たな「フロンティア」のイメージを冠しつつ大陸西部沿岸で開催された博覧会は、これ以降アメリカ西漸運動が太平洋へとダイナミックに浸透し拡大されていくグローバルな方向性を既に示していた。

 当然ながら、パナマ・太平洋万国博覧会は、リージョナルなイベントであると同時にインターナショナルなスペクタクルとしても企図されていた。1906年にサンフランシスコを襲った大地震と火災により、西部の主要都市サンフランシスコは多くの死者(およそ3千人余)を出していた。そのような背景もあって、この博覧会開催の趣旨として、被災した都市(リージョン)の復興を願い、また、同時に最新の産業技術や世界文化・芸術の祭典を企画しながら都市再建に貢献するという「インターナショナル」なヴィジョンも喧伝された。「パナマ・太平洋万国博覧会」の英語名で「パナマ」と「太平洋」(“Panama-Pacific”)をつないでいるハイフン(-)は、図像的には水路を表象するものとして読める。10年の歳月をかけて1914年に開通したパナマ運河は、南北アメリカ大陸を繋ぐパナマ地峡を水路で横断することを可能にした。実際に、パナマ運河開通前には、パナマ地峡鉄道が1855年に既に開通していて、初の大陸間横断鉄道としてゴールドラッシュを支えたが、水路が新たに開通することによって、“Panama-Pacific”(パナマ−太平洋)はまさに空間的に繋がることになった。「パナマ・太平洋万国博覧会」の字義どおり、一体化されたリージョナルとインターナショナルな空間が出現したのである。

 この博覧会が、20世紀冒頭に有した(あるいは21世紀に繋がる)地政学的な意味も忘れてはいけないだろう。歴史家デーヴィッド・マカルー(David McCullough)は1977年の全米図書賞受賞作であるThe Path Between the Seas: The Creation of the Panama Canal, 1870-1914の中でパナマ運河の建設について “human drama not unlike that of war”と表現した。多大な労力と時間と資本を費やした建設プロジェクトは、マカルーが比喩的に表現するように多くの犠牲を伴う“war”のごとき様相を呈していた。アメリカ合衆国はまだ参戦はしていなかったが、既にヨーロッパでは第一次世界大戦が進行中であり、1898年にアメリカ(マッキンリー大統領)はスペインとの戦争の結果、プエルトリコ、フィリピン、グアムを領土として獲得した。また、ほぼ同時期に、独立を求めたフィリピン武装民兵との紛争に関与したりするなど、19世紀末のアメリカの覇権主義は確実に南米と太平洋で存在感を増していた。20世紀から21世紀にかけての太平洋地域におけるアメリカの圧倒的なプレゼンスを考える時、パナマ・太平洋万国博覧会は多くの示唆を与えてくれるだろう。

 万国博覧会については、時代の実相を示す産業技術やグローバルな物流・文化交流の国家的(帝国主義的)祭典として、文化史、産業史、科学技術史、都市計画、ジェンダー、人種問題、あるいは欧米近代の植民地主義を批判する観点から論じられてきた。今回アティーナ・プレスから刊行されるパナマ・太平洋万国博覧会を中心とする第一次史料は、アメリカ西部地域で開催された博覧会について、まずはアメリカ社会のリージョナルな実相を示す具体的な事例として捉え、当時のアメリカ社会や文化の有り様を検証することができるだろう。更に当時の文脈を超えつつ、博覧会を通して展開された文化交流のありようを批判的に検討し、21世紀的課題を当時の状況と遡及的に比較することもできるだろう。

 そうすることによって、われわれが今後グローバリズムをどのように分析・理解し、グローバル化する世界とどのように向き合えばよいかということが見えてくるにちがいない。さらに、本資料群には、日本政府や日本文化の博覧会への関わり、あるいは20世紀日本のツーリズムの端緒をうかがい知るための史料・資料も含められており、博覧会を契機に広がるとされる「ジャポニスム」を比較文化的に考察することもできるようにもなっている。

 日米関係史を含むアメリカ史、アメリカ文化・文学研究において、21世紀を展望するための貴重な資料群である。